Sweet Memories 2006

風がさーっと吹いて桜の花びらが舞うと、
風が優しく思い出を語りかけてくるようだ。
いつも不思議に思う。
なぜ春の風には、ほんのりとした甘い香りがするのだろう。
3年前もそうだった。
それは、自分の人生が激変していく時の流れの中、
何年たっても変わらない。

第3章 第3節 父の死の真相 

 真っ黒いサングラスをかけた高木は、以前、大学の後輩である帝都新聞の記者、堀内と会ったホテルに来ていた。ロビーを見渡し、知り合いがいない事を確認すると、エレベータに乗って6階のボタンを押した。6階に到着すると、メモを背広の内ポケットから取り出し部屋番号を確認し、フロアの案内図に目をやりながら待ち合わせの部屋に急いだ。

 605号室の前に立つと、ゆっくりと3回ノックする。すると、間もなくガチャリとドアが開いた。出てきたのは堀内記者だった。昨晩、堀内から高木に電話があり、会いたいが人に聞かれたくない話なので、ホテルの部屋を取るということだった。
「先輩、すみません。」
 そう言って、深刻な表情をした堀内は高木を部屋の中へ丁重に導いた。
「誰にも会いませんでした?」
「ああ、この前の人相の悪い二人組もいなかったし、俺の知り合いにも会わなかったよ。」
 そう返すと、高木はゆっくりとサングラスをはずしソファに座った。すると、堀内は
ほっと安堵する顔を見せた。そして、すぐに真顔に戻ると堰を切ったように話し始めた。


「高木先輩、あれから金城市長の事を洗っていたんですが、次々に不審な点が広がって行ったんです。まず、入札前に亡くなった建設会社の営業マンの奥さんに会ったんですけど、奥さんの話では、夫は自殺するような人じゃないと言っていました。何故かと言うと、来月にあるお嬢さんの初ピアノリサイタルをとても楽しみにしていたそうです。それに、家庭で仕事の話はあまりしないそうですが、あの給食センターについては『また同じ仕事ができる』って楽しそうにしていたそうです。」
「同じ仕事?」
「ほら、先輩、国の補助事業で作った隣市の給食センターですよ。全国のモデルケースになっている。あれをやったのが亡くなったご主人の会社だったそうです。」
「なるほどな。あの工事自体も高い評価だったと聞いてるよ。それならまた腕の見せ所と思うのは当然だな。」
「そうなんです。ただ、亡くなる2,3日前から、ご主人は何かに怯えるような、困ったような顔を時々見せていたようです。が、奥さんが聞いても、何でもないとリサイタルの話に話題を変えて、わざと心配させないような態度だったそうです。だから、ご主人が亡くなった時、奥さんは警察に事件性がないのか捜査を強く訴えたみたいですが、結局、上の判断で事件性はないということであっさり切られたそうです。」
「なるほど―。あの署長と金城はけっこう近い関係らしいという噂は俺も聞いたことがあるよ。」
「そうなんですか-。そうすると、上と言うのはトップと言うことになっちゃいますね。、益々きな臭いですね。それで、今度は、ご主人の建設会社の設計を担当した若い技師に探りを入れてみたんです。そしたら、給食センターの見積もりで、一番難しいところは、ボイラー関係の積算らしいんです。そのボイラーの技術がその会社の得意なところでもあったらしいんで、落札の自信はあったと、その若い技師も言ってました。ただ、給食センタ-の見積もりは、ボイラーだけでなく、働く人の動線や管理栄養士の意見とか、衛生管理面でのクリアー事項とか、かなり総合的な知識がいるらしく、それを一手に仕切っていたのが亡くなった営業マンだったそうです。だから、急死したということで、最後の見積もりの詰めができなくなって、泣く泣く諦めたそうでした。」


「なるほどな-。聞くほど真相が見えて来る感じだな。」
「ええ、高木先輩。ただ、それ以上つかめなくて。結局、全部、状況証拠に過ぎないんですよね。はっきりした証拠がないんですよ。」
 そう言うと、堀内は膝を手でぎゅっと握りしめながら本当に悔しそうに顔を歪めた。
「証拠か。たしかに金城のたぬき親父、これまでも黒い噂が出ても絶対に証拠が出て来なかったんだよな。」
 高木も悔しさを滲ませながら吐き捨てるようにつぶやいた。すると、堀内は、そんな高木の様子をみて、逆に高木を慰めるような態度に変わった。
「ところがですね、先輩。自分も視点を変えて、市長の過去から調べてみたんですよ。」
「市長の過去?」
「そうなんですよ。実は、同じ帝都新聞の北條礼子ってご存知でしょう?」
「あ-、あのおっぱいが大きい子だな。」
 堀内は、高木らしいストレートな言い回しに、ついにやけてしまった。
「はい、その北條が、結構、金城に気に入られているのを利用して、レアな情報を時々つかんで来るんですけど。高木先輩に今話したことを、北條にもかいつまんで話したら、以前、市長と取り巻きの市の幹部連中何人かで飲みに行った時に、酔った市長が満州の歌を歌ったらしいんですよ。確か、「満州娘」って北條は憶えてましたけど。北條が見逃さなかったのは、気持ち良さそうに歌った後に、市長が小声で「懐かしいな」って言ったらしいんですよ。北條は、市長選挙の取材で、市長の経歴は頭に入っているらしいんですが、満州にいた事はないはずなんです。それで、自分は変だなと思って、市長の過去を調べていたら、どうもおかしいんです。」
「おかしい?!」
 予想もしなかった堀内の話の展開に、いつも冷静な高木が驚いたように声を張り上げた。
「ええ、先輩。市長は27,8歳の時、この町にやってきて不動産会社を始めたらしいんですが。」
「うん、それは俺も知ってるよ。ライオンズクラブに入って、奉仕活動に一生懸命だったって聞いたけど。」
「はい。ただ今では、それも市長になるための偽善運動って言われてますが。問題は、この町に来る前の足跡なんです。それまでは、九州の炭鉱町で生まれ、育って、中学を出てからは、父親と一緒に炭鉱で働いていたそうなんです。だから、満州には住んでないはずなんですよ。それで、ますますおかしいと思って、その炭鉱はもう何十年前に閉山にはなったんですが、その九州の炭鉱があった町に行ってみたんです。」
「それで、ここ何日か留守にしてたのか。」
「はい。あまり行き先を洩らしたくなかったんで、会社の人間にも、北條以外、行き先を言わずに有給を使って取材してたんです。」


 高木は、それまでも堀内の職業意識の高さにかなり一目置いていた。それは、疑問に思ったことは徹底して調べ抜こうとする姿に、ジャーナリストとして尊敬の気持ちを持っていたからだった。そして、敵に対しての情報漏れを心配し、有給を使ってまで自費で取材を行っていた事を聞くと、後輩ながら、改めて感心してしまうのだった。
 堀内は興奮気味に話を続けた。
「その炭鉱町だった所で、市長を知っている人間がいないかと思って、市長の写真を持って3日間訪ね回ったんです。100人以上は聞いたんですが、皆知らないって。ただ、最初から簡単には分からないと予想はついていたんです。理由は、ちょうど市長がこの町に来る2,3年前に大きな落盤事故があって、かなりの炭鉱夫が亡くなったらしいんです。行方不明者もかなりあったみたいで。 結局、それからすぐに閉山になって、そのあとはちりじりばらばらと町を出ていく人も多かったようです。
 ところがです。4日目になって、あきらめ半分で、ホームレスみたいな人が住んでいる地域に入り込んで取材を続けたら、何人か目に『金城太市を知っている』という老人に出会ったんです。正直、びっくりしました。何でも、市長より10歳くらい年上だったらしいんですけど、同じ班で仲良かったって。それで、写真を見せたら、似てるような似てないような返事で。老人は、落盤事故以来会ってないからって言ってましたけど。半ばがっかりしてたら、その老人がたばこをくれって言うから、火をつけて渡したらうまそうに吸いながら『あいつは子供のころから暴れん坊で体もでかかったから、どっかで生き延びてるんだろう』って懐かしそうにいうんです。」
「体がでかい?!」
「はい。自分も、そこが引っ掛かって。それで、どのくらいでかかったのかって聞いたら、6尺はあったって。」
「6尺?・・・っていうことは、180センチ以上じゃないか!」
「そうなんです、先輩。市長の身長はせいぜい・・」
「165もないぞ!」
 高木がそう叫ぶと、二人は目を合わせたまま黙まりこんだ。ただ、二人とも全身に鳥肌が立つような高揚感を感じていたのだった。数秒後、先に高木が絞り出すように口を開いた。
「じゃあ、あいつは一体誰なんだ?!」
 そう話すと、ホテルの部屋がまた沈黙に包まれた。


 高木は、さっきの高揚感が、何か恐ろしい闇に包まれていくような恐怖感に変わっていくのを感じていた。
「高木先輩、自分もその事に初めて気づいた時、深い闇に近づいてしまったと思いました。
たぶん、というか、間違いなく市長は別人ですよね。ただ、これも今のところきちんとした証拠がない。たったひとりの証言だけじゃ弱いですからね。しかも、ホームレスの老人ですし。」
 高木は堀内の話を聞いているようだったが、まだ心ここにあらずという感じだった。実際、高木は、まず、市長が他人にすり替わっていたとしたら、どんな方法だったのかを考えた。いくつか思いついたが、だいたい集約された。 次に考えたのが、「本物の金城太市」にすり替わるまで市長は何をやっていたのかということだった。
 もちろん、陽が当たる道を歩いてきたわけではない事は分かる。しかし、頭が切れる高木でも、ただならぬ悪事を働いてきたことは分かるが、どんな悪事を働いてきたかは集約がつかなかった。ただ、問題は、そんな道を歩いてきた悪党が、この町の市長と言うリーダー、名士であり、それを市民は知らないということだった。
 高木は、事の重大さを感じるかのように、2,3度、身震いしながら首を振った。そして、重くなっていた口を開いた。
「堀内、これは慎重に事を進めないと、こっちが大やけどするぞ。影響が大きすぎる。」
「そうですね、先輩。」
 そこは堀内も同感だった。しかし、堀内はまだ話し足りないような顔つきだと、高木は感じた。すると、それを察したように堀内は驚くべき事実を告げた。
「高木先輩、その他に分かった事がもうひとつあって。じつは、何年か前にも、老人に同じことを聞きに来た人物がいたらしいんです。」
「他にいた?」
 高木は眉をしかめながら不思議がっていた。
「はい。老人は、いつ来たかはっきり覚えていないって言ってましたが、誰が来たかは分かるって言って、懐のきんちゃくからぼろぼろになった名刺を取りだしたんです。」
そう言うと、堀内はちょっと間を置き、意を決したように口を開いた。
「何とそこには、小沢翔議員のお父さん、小沢智太郎議員の名前があったんです。」
「翔の親父さんの?!」
 高木は絶句した。まさかの名前だった。率直に動揺した。しかも、生前、翔の父は、高木にそんなことは一言も話さなかった。
「先輩、自分も名刺に書いてある名前を見た時、何が何だか分からなくなりました。」
 いつも沈着冷静な高木のうろたえぶりをみて、堀内は共感するかのように話した。
 また沈黙が部屋を包んだ。
 しばらくすると、高木は何かを告げようと堀内を見た。堀内も、何か言いたげだった。ただ、お互いに何を言いたいかは分かっていた。高木が先に口を開いた。
「だとすると、翔の親父さんが死んだ真相は・・・」
 堀内は、黙ったまま頷いた。高木がすべてを話さない気持ちも十分理解できた。
「堀内、この事は翔にはまだ言わないでくれ。もっと確証が欲しい。それと、今日の話も話す相手は十分に注意しよう。危険すぎる。」
 分かりましたと堀内は大きくうなずくと、先に部屋を出た。高木は手で額をつかみながら立ちつくし、堀内が言った事を整理していた。
 しばらくして、深いため息をついた。時計に目をやると、もう10分が経っていた。高木は、静かにドアを開け、人がいない事を確認すると、すっと廊下に出てエレベーターに向かった。バタンとしまったホテルの部屋に静寂が戻った。しかし、人気がなくなってもまだ、部屋の空気は黒い闇に包まれていたのだった。





予告


 二人の恋
 (1) 初デート
 (2)もうひとつの食事会
 (3)墓場からのメッセージ

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